「君はウチの会社を潰す気かね?」
まるで漫画のようなセリフだが、私は実際に、言われたことがある。
20年近くも前。当時、開発部門にいた部長からだ。
笑いをこらえるのに必死だった、と言いたいが、
残念ながら、ただの若造だった私に、そんな余裕はなく、ただオロオロしていた。
はず。
ふと、思い返してみたくなった。
ことの起こりは、私がまだ20代前半だった頃。
急に会社のウェブサイトを作れ、と言われ、(当時、WEB担という言葉はなかった)
「はじめてのHTML」を買い(自費)、
ホームページビルダーなどを駆使し(自費)、
苦戦しながらも、なんとかそれっぽいサイトをこしらえ、アップまでたどり着けた。
安堵の息を吐いた、その数日後だった。
内線で、「君は何を考えてるんだ!」と怒りの声が響いたのは。
当の部長からである。
聞いてみるが、言ってることがよく分からない。
とりあえず、謝りつつ、直接、話を聞きに、部長の元に出向いた。
席に着いて、開口一番。言われたのが、
「君はウチの会社をつぶす気かね?」だった。
「どういうことでしょうか」
意味が分からず訪ねる。
すると、部長は、ふぅーとため息をつき、
「分からんかね?」
「そうかー。分からんか?」
と、メガネをクィっとしながら、何度も尋ねる。
余談だが、こういう無駄な時間を使う人間は、例外なく、仕事ができない。
「はい・・・。すみません。何かまずかったでしょうか?」
と聞くと、
「この工場の写真だよ!」
バン!と机をたたき、告げる。
それは、会社の工場内を映した写真だった。
私が、サイトの「会社概要」の一幕に使用したものだ。
もちろん、私が勝手に撮影したのでは、なく、プロのカメラマンが、宣材用にとったものである。
写真は、一通り、部長もチェックしており、広告として使用するのに、問題はないはずだが・・・。
「分かりません。何か問題だったでしょうか?」
と聞くと、
ほんとに分からんのか、とまだ何度も言い(しつこい)
「ノウハウが流出するだろ!」と。
ノウハウ?
いや、意味は知ってる。
しかし、私の知るノウハウとは、門外不出で、企業秘密な、アレのことだ。
その写真に使われている工場の機械は、独自でもなんでもない、既製のメーカー品である。
確かに、多少のカスタマイズはしてるだろうが、こんな遠景で、何か分かるはずもない。
しかし、専門外のことだし、部長クラスにここまで言われると、平社員にはどうしもならず、
「すみませんでした。写真はすぐ変えます」といって、引き上げた。
大学出てても、これかー
使えんなー
と、遠吠えが聞こえたが、無視した。
後日、その部署の別の人に、喫煙所で出会ったので、率直に聞いてみた。
「あれはノウハウなんですか?」
と。
彼は答えた。
「ノウハウじゃないよw」
と。
しかし、あなたの所の部長が・・・と聞くと、彼は苦笑し、語りだした。
実に、くだらない話だった。
ようするに、研究部門の長は、ゴマすりだけで出世した人で、世間から見れば、どうでもいいような、技術や機械を、「当社独自の素晴らしいもの」と社長にアピールして、自分の実績にしている、ということだ。
つまり、それをその通り、世に出す。誰もが見れるホームページに載せたりすると、バレた時、大変困ったことになるので、それを止めるために言ったのだろう。と。
それが「ノウハウ」という言葉だった。
なるほど。
部長にも呆れたが、それが「ふつう」になってしまってる、この会社も大概だな、と思ったものである。
しかし、それから10年以上も勤めたのだから、人間よく分からない。
それほど、もう一度、転職するとか、ましてや独立するなんて、当時の私には頭になかった。
だが、たとえどれだけ狭い世界で、「ノウハウ」と言い張ろうとも、ネットにより、それは許されない時代となった。
置いて行かれるのは、嘘で塗り固めた人生を送ってきた人。そして、それを見抜くだけの知識と、度胸がないトップである。
残念ながら、これは20年前の笑い話でなく、現在進行形の田舎の姿であることは、私がよく知っている。
既にその世界からは離れた身だが、これからフリーとして仕事を受ける時、
虚勢の「ノウハウ」で、身を包んだ会社とは、関係を持たないようにしよう、と改めて思った次第である。
では。