広告の役割は、100を、150にすることではない

人生観・仕事観

社内で広告関連の業務についていると、経営者や他部署の部長などとの間で、「広告の役割」について、たびたび戦争することがある。同じような仕事をしている人には、覚えのある方もいるのではないだろうか。

これについては、決定権者である相手側にも色々言い分があるだろうが、 今回はとりあえず無視して、こちら側の主張のみ述べてみたい。

まず前提として、広告とは、100を150にする仕事ではない。
100を可能な限り、100のまま相手に伝える。
それが広告の役割だと思っている。

14年ほど、田舎の中小企業に勤めて、何度もそれを説明してきたが、無駄に終わった。残念ながら、この意識差を埋めることは出来なかった。

具体的には、ウチの会社の場合、100を150にも、200にも見せることこそ、広告の役割と、多くの役員、各部長が信じていた。役員だけでなく、最高決定権者である社長でさえである。

まず、現在50代以上の人間だと、過去の成功体験が焼き付いてしまっているのか、厳しいと感じることが多い。しかし、20~30の若手でも、同じような考えの人間は少なくなかった。

これは、広告やマーケティングについて一度でも、本気で考えたことがあるか、その差ではないかと考えている。現代において、マーケティングとは、経営そのものともいえるのに。

そうでない人間は、 いまだに、
「キャッチコピーでうまいこと書けば売れる」
「いいビジュアルを使えば売れる」
などといった、バブル以前の古い常識にとらわれている。

そして、そんな人間が、堂々と役員や社長をやっているのが田舎の中小企業というものである。

そもそも、仮に、100を200にするクリエイティブが出来たとしよう。
それで実際、売上が継続するのか。答えはNOだ。

見かけだけで、中身はクズな商品など、今はあっさり見破られ、霧散する。

それであっという間に売上が落ちても、本人たちは、その原因に気付かない。
運や競合、はたまた、社会のせいにして終わる。

このような状態が続けば、各分野が、世界基準の激しい競争になった時、自然に衰退していくのは、自明の理であると思う。

それはまぁ仕方ない。とりあえず、私が言いたいのは、である。

今回、自身が退職することになり、会社は、マーケティング、特にWEBマーケティングに通じた人間、または興味のある人間を切望しているが、

仮にそういう人間が就職したとして、ウチのような環境で、モチベ―ションを保ったまま仕事ができるか、と考えると、はなはだクエスチョンである。

こんな田舎に来てくれる人がいるのか、給与や待遇面で満足してもらえないのでは、などばかり、上の人間は心配しているが、いやいや、気にするべきはそこじゃないよね、と思う。

ちなみにこのことは、一応、上の人間には進言したが、一蹴された。

辞めていく人間が助言すべきかもわからないし、もう知らん。何の責任をとるわけでもないし。

こういった話をすると、他部署に広告の重要性を理解してもらうためには、対話ではなく、「小さな成功体験」を積んで、そこから理解を得るのが大事とよく言われる。

その通りだが、現実的には、少なくとも「社長の協力」は必要だ。

社長自体が理解していない、また、理解する気もないのであれば、その会社の意識を変えるのは、諦めた方が良い。正直、私のように14年も無駄にすることはない。とっとと、転職をお勧めする。

そう思った次第である。