引っ越しの挨拶は必要ないと思う理由

人生観・仕事観

せっかくの休日、テニスの全米オープンを見ながら、至福の時間を過ごしていたのだが、朝からピンポンピンポンと、喧しい音に顔をしかめた。

カメラでのぞくと、知らない中年の女性。少なくとも、宅配業者ではないようだ。

私は基本引きこもりなので、通販の受けとり以外、門を開くことはない。

先月引っ越したばかりだし、宗教の勧誘かもしれん。

今までの経験上、アポなしで呼び鈴を鳴らす人間と会って、良いことのあった試しがない。

なので、シカトを決め込み、そのあとも穏やかな時間を過ごしていたのだが、数時間すると、またピンポンピンポン。同じ相手である。

結局、日が暮れるまで3度訪れたその相手は、最後、郵便受けに何かゴソゴソと入れて、去っていった。

しばらく時を置いて、様子を見にいった所、何やら、紙袋に包まれた荷物がある。

おや、もしかして宅配業者だったのだろうか?そうは見えなかったが。

と、手に取っても見ると、メッセージプレートが垂れ下がっている。手に取り読んでみた。

「101に引っ越してきました。よろしくお願いします。」

・・・。

なるほど、どうやら引っ越しの挨拶だったようだ。

まだそんな風習があるんだなと思い、Google先生に聞いてみた所、なんと、2/3の人は、引っ越した挨拶するらしい。驚いた。

私は今まで4回ほど引っ越ししているが、その際、挨拶にいったことは一度もない。

それどころか、そのうち、半分は、隣の人に会ったことさえ一度もなかった。

引っ越しの挨拶って必要だろうか?

まぁ、個人の考えなので好きにすればよいと思うが、少なくとも私は、こんな儀礼的なものは必要ない。

今後も何か関係を続けていくというなら分かるのだが、ただ同じ建物に住んでいるというだけの関係。むしろ、顔など知らない方が、気楽に過ごせる。

人間関係なんて、必要なときに自然とできるものである。

以前、100cmの大雪で町が埋まった時も、顔も名前もしらない近所の人たちと、朝から晩まで、雪かきで協力しあい、名前も聞かず、笑顔で別れた。

別に挨拶などなくても、助け合いが必要になったら、人は人を助けるものである。もちろん、人それぞれ、何を大事にしたいかは否定しないが、私は、うわべだけの挨拶や付き合いなど、もう必要ない。

ちなみに、手土産はタオルだった。蕎麦ではないらしい。

Google先生に聞いてみたところ、引っ越しの挨拶でタオルは定番のようだ。まぁ無難なところなのだろう。

タオルをもらって嫌がる人はいないという理論。喜ぶ人もほとんどいないと思うが。

それはいいとして、挨拶なら、メッセージプレートに名前も添えた方がいいと思う。おそらく、それは口頭で言おうと思っていたのだろうが、それなら会えない時点で、手土産だけ、郵便受けに入れなくてもよいのではなかろうか。

仮に、名前を憶えてほしくない、という理由で書かないなら、そもそも挨拶さえする必要はないのではないだろうか。

世の中、色々な人がいる。それもそれで、即興のブログネタになるのだから面白い、と思った次第である。