会社を去る私から、未来の経営者へ残す問い

会社やめるまでの軌跡

15年勤めた会社での、おそらく、最後となる東京出張を終え、帰途についた。

少しは感慨深いものでもあるかと思ったが、正直、胸に去来するものは何もない。

私は元々、「記念日的」なものに、あまり意味を見出さない性格だ。

先日「令和」を迎えた時も、大学生の頃、西暦2000年となり、世間が「ミレニアム元年!」と騒いでいた時も、特別に思うことは何もなかった。ましてや、その日に何かしよう!など、面倒という以外の感情はない。

なので、たかだか十数年勤めた会社の最後の出張というだけで、特別な思いを感じることはない。

ただ、ほんのわずかなしこりが残った。痛みはないが、抜くこともできない。小さな木針のようなもの。

それは、出張に同行してもらった「ジュニア君」に対してだ。

ジュニア君は、この4月から、ウチの会社に入社してきた社長の息子だ。役職的には事業統括部長なので上司に当たるが、ここは分かりやすくジュニア君と呼ばせていただく。

彼は、完全に畑違いの業界から、不退転の決意で一部上場企業のキャリアを捨て、奥さんと生まれたばかりの子供と共に、会社を継ぐため、16年ぶりに地元に戻ってきた。

現在のウチの社員は、ほぼ全てが、社長と会社の現状に絶望しており、ジュニア君の帰還は、その有能な経歴から、社員の期待を一身に集めることとなった。

状況的に、誰もが期待するのも無理からぬことだが、田舎の中小ブラック企業、という魔境を再構築するのは、並大抵の努力で出来ることではない。

あまり期待が大きすぎて、彼が潰れてしまわないか、心配になった。

5月に入り、私は彼が一か月で、どれくらい社内の事情を把握できているか、試しに聞いてみた。

分かったのは、

  • 予想通り、期待をするあまり、色々な社員が彼に情報を吹き込んでいること
  • そして、現社長、つまり父親や、その家族(同族経営なので役員は家族ばかり)は、殆ど彼に正しい情報を与えてない

という事だ。

残念だが、前者はある程度仕方ない。皆の気持ちもよくわかる。彼も子供ではないのだから、そこを心配するべきではない。周りがフォローしていけば良いだろう。

各所から集まる玉石混交な情報をインプットした上で、どのような決断をくだすのが正しいのか、これから経営者として学び、成長していって欲しい。

ただ、後者の身内が全く情報を与えていないのは問題だ。一瞬、説明できないくらい、会社トップが本当に問題を理解できていないのか、と疑ったがそんなはずはない。

勝手な想像だが、おそらく、息子に真実を告げる、という役目を負いたくないのだろう。自分以外の、誰かが言ってくれるはずと。また、そうでなくても、優秀な息子ならきっと何とかしてくれるはず、と、根拠のない淡い願望を抱いているのだ。

反吐がでる。

おそらく、今までに経験したことがないほど、自分の人生、家族のことを考え抜いて、血のにじむような決意で、全てを捨てて地元に帰ることを決意した息子に対する回答がそれか。

息子に対し、誠実であろうとするなら、せめて、自身のやってきたことは、良いことも悪いことも、全て話すべきではないだろうか。

と憤った所で気づいた。社長がそんなマトモな感性なら、会社がそもそも末期の癌患者のような状態に陥っていない。私もヤキが回ったらしい。

さらに言えば、私は、もう少しで会社を去る人間だ。私の方がもっと彼に残酷なことをしている。

本当は、もっと早く、4月ごろには辞める気だったのだが、4月からジュニア君が入社すると聞き、そこで唯一のWEB担当者が抜けると、彼への影響や会社の混乱が大きいだろうと気になったので、予定を伸ばすことにしたのだ。

具体的には、彼が社内の事情を概ね把握し、落ち着くだろう8月ごろに、会社に退職届をだし、12月末で辞める計画だ。 (正確には有給消化で11月初旬。引継ぎに3ヶ月要すると考え計算)

たとえ、泣きつかれようと、脅されようと、この予定を変更する気はない。

今回、ジュニア君を東京出張に同行してもらったのは、 私がいる間に、 未来の経営者へ、少しでも、WEB系の取引先とのつながりや、WEBマーケティングの重要性への理解を深めてもらおうと思ったからだ。

常識的に考えれば、引き継ぎの時にできそうなものだが、辞意を告げたあと、私にそのような役目を任せてもらえるか自信がない。これまでの退職者を見るに、完全にスポイルされる可能性もなくはない。

そして、こすい私は、自らの保身のため、取引先と話すたびに、WEB関連は、転職、独立、起業が多いことを話題に上げ、彼に刷り込みをすることも怠らなかった。

私が去るのも、特別なことじゃないよー、と。

そんな私のゲスな思いに、気づかずか、気づいたからか。彼は言った。

「そうなんですね。でも私も、さぼてんさんが抜けてしまうと本当に困りますからね。これから一緒に頑張りましょう!」

私にできたのは、「サンタさんいるよね?」と質問してきた子供に返すように、「ああ大丈夫。いるよ」と、心ない笑いを返すことだけだった。

私は彼の入社直後に辞めることは、あまりにも無慈悲かと考え、予定を伸ばした。

だが、本当に正解だったのだろうか。

勿論、伸ばせば伸ばすほど、逆に信頼が構築され、余計、相手がつらくなるのでは、という可能性も考えていた。

その両者のプラスマイナスを想定して、最終的に予定を伸ばす決断をしたはずだ。

それでも、このような無邪気な言葉を受けると、悩んでしまう。私の選んだ道は、果たして正しかったのだろうかと。

おそらく一生答えはでないだろう。

この問いの答えが正しいか決めるのは、私ではない。彼なのだから。